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続・中野稲門会メールマガジン177号(2015.9.20)
掲載 2015.09.20 * メールマガジン * CM:0 * TB:0 * home↑
続メルマガ177号(2015/9/20)

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 ◇よろず評論 (1) <居酒屋三原則>   【鈴木迪雄】   
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気軽に酒を飲む場所といえば、ついこの間までは町のはずれにポッリとある“赤ちょうちん”と、親父がチラリと客をみて「いらっしゃい」という“ひっそり飲み屋”が多かったが、最近は賑やかな街角の居酒屋が繁盛している。

 JR高円寺北口の駅前にある魚専門の居酒屋「四文屋」は、一階が10人座れるカウンターと申し訳程度のテーブル二卓に調理場。二階は座敷とテーブル席で40人は入る地味な店だ。各地方の銘酒を揃え、黒板と白板に産地表示した旬の魚と、筆書きのメニュー、カウンター越しのケースに並ぶ鮮魚を眺めて客が注文する。客は仕事帰りのサラリーマン、ブルーカラーや男同士のグループ、親子、女友達など多子済済。
狭い調理場で、刺身、焼き物、煮物、蒸し物、揚げ物など仕込み、店員が客席に料理を運ぶ。店長は店員の無駄のない動き、やる気があるかをじっとみて店員をひきしめる。店員を呼ぶときは{アキちゃん}とちゃんづけで気取らない。品物が売り切れたときは客に悟られないように「やま」と隠語を使い、お代はPOSレジで現金払。領収書出す。

 ちょい飲みの客が「じゃまた」とアイサツ。客が出たとき「まいど」の声で店内に活気を呼ぶ。「いい酒・いい人・いい肴」と三拍子揃うのが良い居酒屋だ。魚の四文屋の従業員は“いい人”揃い。威勢のいい店員は魚河岸の若い衆のように“イナセ”だが、実は多国籍集団である。 店長のMさん、焼物のKさんは宮城県出身、力士のような体格のFさん、放駒部屋出身の元力士Tさんの大型コンビ、台湾出身の周さんとベトナム人のT君としっかり者のベトナム女性のグローバル人材揃いが店の特徴。特に、台湾の周さんは鳥來(ウーライ)の出身で、彼の故郷は原生林に囲まれた温泉郷で落差82メートの滝がある。瀑布公園が有名。心臓を圧迫するほどの山道の階段を登ると高砂義勇隊の慰霊碑がある。日本の太平洋戦争に参加した台湾先住民の青年高砂義勇隊の多くが戦死して台湾に戻ることがなかったが、日台協力によって慰霊碑が建立された。14年間も台湾に戻っていない周さんに、平成24年12月、私が來を訪れたときの話をしたら彼のびっくりした顔は今でも忘れない。
彼は鷺ノ宮に住む。我が家の近くの道を毎日自転車で店に通う真面目な青年である。
 
 異色なのは、ベトナムのTさんとしっかり者のベトナム女性。まじめで仕事を誠実にコツコツと行い、周囲への気配りをよくする二人だ。ベトナムの女性は愛想がよいが、えらくしっかりしている。男性は女性に比べると線が細い。男性は相手の話をしっかり聞いているときは、体の前で腕を組む習慣がある。日本人からみれば態度が大きいとみられるが「あなたの話を真剣に聞いています」という意思表示なのである。また、怒られたときは、絶対に笑ってはダメだと教える。彼は日本語学校に通い日本人に溶け込もうと努力している姿をみると、逆に教わることが多い。


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◇田舎暮らし(150)<高校の同窓会>    【中野信吾】      
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 今年もまた級友と旧交を温める時期がやってきた。終戦後、新制度の発足に伴い新制中学,新制高校と新課程で卒業した仲間たちだ。高校では旧課程の人たちと同一校舎で過ごした。上に兄弟がいない私などは、どこを向いてもピカピカの1年生で戸惑うことが多かった。予科練帰りの上級生からは「きさま挨拶がない! こっちへ来い」と校舎の陰に連れ込まれて突然の鉄拳の挨拶を受けた。度胆を抜かれた。上に兄弟がいない悲劇だった。世渡りの拙さを味わった瞬間だった。校舎のあちこちにはまだ軍需工場跡の旋盤が撤去されずに残っていた。当時の高校の月謝は月250円、PTA会費50円だったという。月謝が払えず給費生として事務の雑事を手伝いながら卒業した苦学の仲間の言は、当時の学校生活の逸話を知っていてよく語ってくれる。もう時効だからと回顧しているのだろう。入学した昭和25年ごろは戦後の荒れた世相を色濃く残していた。

卒業後、学年の大半は進学や就職で上京した。残ったのは家業を継ぐか地元企業への就職組だった。卒業年度が昭和28年だから「二八会」と名付け、それぞれに“東京”“野沢北”と冠を付けた。それでも上京組は高卒後46回も同窓会を続けた。会員は80歳に達し、周囲を見渡せば物故者も多くなり会員の参加率が年ごとに減少している。ここら辺で一区切りしようという声があがった。後は賛同を得た親しい仲間同士の会で集まればいいじゃないかということだった。今では時々会ってお互いの動静を確かめ合っているミニ会に縮小した。

出席する会員の顔ぶれも固定化してくると、お互いの関心は健康維持の話題が多くなる。挨拶に立つ友の言葉が皆健康に関する内容になったりするのも、この年では止むを得ないと心得る。その中に「長生きの秘訣とは」と題して幾つかの箇条書きのプリントを持参してきた仲間がいる。読めば皆なるほど思えるような当たり前のことだがなかなか実行するには一苦労するものばかりだ。でも一つでもなぞらえるように努力してみよう。高齢化で自力の行動がとれるうちはよいのだが、介助されてもという方はいなくなった。また、功成り名遂げた方が出席の多くを占めるようになるのも、どこの社会でも同じように見える。残るのは同じような似た者同士の集まり会に収束してゆくのだろうか。

今年も地元から会の集まりの案内をいただいた。東京の方との行事予定と重なりあうので止む無く欠席で返送した。“あいつまた欠席か”と思われたくないのだが、残念だ。



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◇辛口コラム(102)        【政治ジャーナリスト増山栄太郎】
  安倍よ、名誉ある退陣を考えよ =安保法案成立は見事な花道だ=      
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◆政治に必要な局面転換

 叫喚と怒号の中で安倍首相が目指した新安保法案は2015年9月19日未明、参院本会議で自民、公明両党などの与党の賛成多数で成立した。前夜から国会と首相官邸周辺は、安保反対を叫ぶ数万人のデモ隊が取り囲んだが、成立と同時に流れ解散した。
 思い起こせば、今から55年前の1960年6月、安保法改正案を巡り全学連を中心とするデモ隊が、今回と同じように国会周辺を取り囲んだ。
 騒然とした雰囲気の中で東大生樺美智子さんがデモ隊と警官隊の乱闘に巻き込まれ死亡する痛ましい事故が起きた。この死亡事故をきっかけに世論は当時の首相岸信介対して退陣要求一色に染まり、さすがの剛気の岸も安保法案の自然成立を見届けて退陣した。
 岸の後を継いだのは池田勇人首相だが、「月給2倍論」などの高度経済成長政策を唱え、安保騒乱の殺伐した雰囲気を一変させ、人心収攬に成功した。岸政権下の「安保賛成か」「反対か」のぎすぎすした対立感情から国民は豊かな将来への期待に胸を膨らませた。そして国民は池田首相の言うように高度成長に向けてひたすら邁進しいた。これが日本が世界第二位の経済大国への原動力になったことは歴史の示す通りである。見事な政治の局面転換である。もちろん、これを成し遂げたのは池田首相の先見性と、池田を取り囲んだ前尾繁三郎、大平正芳、宮沢喜一ら旧大蔵省出身政治家の献策が池田を動かしたと言える。

◆国際環境の激変
 今、55年前の安保騒乱を想起するのは、安倍が強行する新安保法制成立の過程が祖父、岸首相の安保法案を巡る政治的対応にあまりにも酷似したからである。まさに祖父譲りであることを実感させたからである。
 ただ、岸と安倍の決定的違いは当時と現在との国際環境の激変にある。シールズを中心する安保反対運動が、60年安保ほどに盛り上がらなかった最大の理由は国際環境の激変にある。
 つまり隣国中国の強大化と世界の警察官を自認する米国の衰退である。今や、東シナ海、あるいは南シナ海を巡る中国艦船の跳梁跋扈は目に余るが、世界に冠たる第7艦隊の威厳はどこにあるのか。オバマ大統領の対中接近政策(リバランス政策)で米軍の防衛ラインは遙かグアムからハワイにまで後退してしまった。これを見届けるかように中国は、尖閣列島に艦船を違法繰り出し、さらには南シナ海に陸の空母と言うべき人工島を強行建設した。今や、東・南シナ海を航行する艦船は、中国の支配下を甘受しなければならない状況下に置かれている。
 このような国際環境の激変化に日本は何をなすべきか?
 安倍政権の新安保政策は、その一つの回答と言える。今回の安倍首相の新安保政策に国民の反対世論が60年安保当時ほど盛り上がらなかった最大の理由はここにある。

◆ 中国台頭への牽制が必要
 以上述べたように安倍の新安保政策は間違った政策ではない。いや、国際環境の激変に対する日本外交の方向性をはっきりと打ち出した意味で高く評価すべきである。、中国、韓国を除きインドを含む東南アジア諸国が、諸手を挙げて賛成したのは、まさに安倍の狙いが正確に理解されたからである。特に、中国の南シナ海の領有化に脅威を感じているフィリピン、ベトナムはそうだ。
 おそらく21世紀後半を巡る世界の覇権争いは、中国の台頭にどう対処するかを巡って展開されるだろう。
 もはや米国の軍事力があまり期待できないとすれば、日本が立ち上がるほかはない。もちろん日本一国では手に負えない。「共憂の国」であるベトナム、フィリピン、インドネシア、シンガポール、インドなどと手を携え、中国の強大化に対処するべきである。今回の安倍首相の新安保政策はまさにその第一歩をとなるであろう。
 だからと言って安倍は、長期政権を狙うべきではない。安倍が進めるアベノミックスも、戦後政治の脱却も、後進の政治家にゆだねるべきである。安倍は、新安保体制の完全実施を見届けてそれをを花道として早々と退陣すべきである。政権に未練を抱き執着すればせっかくの安倍の功業に傷をつけるだけであろう。(終わり) 
 


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◇コラム知技研(31 )<世界各地で見聞きした話(9)> 【遠藤恭一】 
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 今回の話はロシアのサハリン島、ユジノサハリンスク。時は1999年8月。サハリンへの出発前日仕事を早め切り上げて羽田から函館に飛ぶ。翌朝の便で函館からユジノサハリンスクに入る為である。恐ろしく頑丈な双発のプロペラ機で函館を出発。プロペラ機なので眼下の風景がことのほか良く見える。北海道の山々や街を眺めて飽きない。どうも自分の地理感覚では北海道の先にまだ大きな島や大陸があると言う実感がない。然し飛行機は宗谷岬からサハリン島まで約50キロ。きらきらと光る濃紺の海面が瞬く間に過ぎさりサハリン島の島影が現れる。きっちり2時間でユジノサハリンスクに到着。今回の旅の目的は、大型資源プロジェクトであるサハリンIIの開発状況の視察である。予算を大幅に超えて追加資金が必要だとの報告から現場で話を聞く為に向かったのだ。仕事の話は別として、ユジノサハリンスクの空港に到着して迎えの車に乗り市内に向かう。

日本車ばかりが目立つが、勿論中古車である。車体に日本語の広告がでかでかと描かれたままである。道の舗装が無い場所が多い為か車はどれも土埃で汚れている。森の中の小さな小川の前には一列に並んで多くの車が止まって人が川に降りている。何をしているのだろうかと聞くと小川の水を汲み洗車するという。初めて川の水で車を洗うのを知った。(確かに水道代が掛からない)市内には東洋系の顔をした人が多く、ロシア領に入った感じがしない。モンゴール系やアイヌ系の人々が多いのだろうか。またロシアが第二次世界大戦末期、日本に突然宣戦布告して当時樺太の日本領である国境線を超えて侵入した。

日本人は最終的に旧ソ連の協定によって帰国出来たが、朝鮮系の人々は戦後日本国籍をも失い、サハリンに残留せざるを得ず戦後1970年代に一部帰国が叶ったがそれでもその子孫がまだ大勢このユジノサハリンスクで生活しているのも判った。市内に入っても大きな建物は少なく高層のビル等はない。市内はずれのスキー場を併設するリゾートホテルに入る。ここを拠点に各地を廻ることになった。
ユジノサハリンスクには日本が建設した建物が結構残っている。今は郷土史博物館になっている旧樺太庁舎、美術館になっている旧拓銀豊原支店等がある。日本からの旅行者も多く日本料理店も数件あった。100円ショップのダイソーも進出して結構多くの人で混雑していた。そんな中、仕事の合間を見付けて鱒の産卵する為の川登を見に行く。特別の許可を貰って樺太鱒(ピンクサーモンあるいはオホーツクサーモンとも呼ばれている)が海から小さな小川に上がって来る場所だ。海の浅瀬には大量の中型の鱒が群れを成して小川を遡る為身をよじって上がって来る。その樺太鱒を狙って大型の鳥が鱒に襲い掛かる。大自然の営みを間近に見ることが出来る場所である。鳥はまず鱒の眼を狙って突きそれから食する。然し樺太鱒はそのような仲間の悲劇を物ともせず小川に殺到する。

 日本の川でも鮭の川登りは見ることが出来るとしても、これほどの大自然の中で見ることが可能な場所は少ないだろう。我が国の河口地域は堤防や人工的な構造物で出来ており、海から全く人工的なものもない自然の状況の中で観察できるところは知床を除くと殆どないであろう。ユジノサハリンスク市内を一歩でも出るとそこは大自然が残っており、今後こうした大自然が観光の目玉になるだろうと思えた。サハリン島の南西部にあるホルムスク(旧真岡)には王子製紙の工場の廃墟がそのまま残されていたし、南東部にあるコルサコフ(旧大泊)の港も見学したがここは寂しい漁村で村人が数人釣り糸を垂れていた。 然し今はLNGの生産基地として液化装置を持つ大型工場があり今やサハリン第三の工業都市になって人口は3万2千を超えるという。北海道の更に先の北に、多くの人の営みがあるのを実感した旅でもあった。
                                つづく

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 ◇宇宙川柳 ・手前の太道(95) 【家元東柳】    
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芭蕉の築いた俳句の世界「奥の細道」をも包摂した広大で自由な川柳宇宙を築こうと思い、「手前の太道(ふとみち)」としています。

赤信号一人で渡れば自己責任
脳のシワ顔に下がって次は腹
お親の顔見たいと見たらスゴイ顔
這い々と徘徊重なり天手古舞い
ミニスカの内に疑似餌播き散らし

今度こそ女が立たねば又戦さ
ライバルは共に成す仲間なり             
仲良しの悪魔の兵器の被加害者
立ち直り 女は男で 男自ら             
議論無く疑問孕んで国亡ぶ                

★おまけの戯れ句、狂句、破礼句

神多分唯物論者で人デナシ
あの美人 何回再婚出来るかな
「紳士用」でトイレ入口後づさり
現代のモーゼのつもり安倍首相 
お話の面白い人は苦労人                        

★今月の投句賞

「われもまた、東の太道 歩き初め」(高橋志保彦様)
「ボケ防止 手前の太道 よろけつつ」(高橋志保彦様)   

★今月の投句大賞  

「デザイナよ パクリンピックに ならぬよに」高志楼(高橋志保彦様)
「デザイナー パクリンピックで金メダル」家元パクリの返句

☆9月5日(土)ペアディナーコンサート満員御礼

第23回リサイタル「東 直彦テノール我が心のカンツォーネ」
今回は自分の声かと思う位声の調子が良く、ハイCも鳴ってくれオペラのアリアは勿論、演歌、シャンソン、ポップス迄挑戦しました。そして会場は少々きつ過ぎる位満員で、恐縮でした。

☆ミニコンサートのお知らせ

10月29日(木)日暮里サニーホールで午後6時半より行われる「くどう式発声講座」で数曲歌います。是非聞いていただきたいのでご希望の方はご連絡下さい。



家元東柳  連絡先掲載サイト
http://www.higaship.com

㈱東綜合設計事務所   東 直彦


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 ◇海外旅行の変わった話 (161)<バンベルグ②> 【市川孝二】   
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バンベルグ・バイロイト・ニュールンベルグは正三角形の形です。ここのバラ園は有名で、ここで一休みしました。この日初めてアルコールを飲みました。勿論土地のビール(燻製ビール/ラオホ・ビヤー)を生ビールで飲みました。夏の風さわやかな緑地公園の場所です。いささかガイドさんにはてこずったが観光の目的は完了です。家内はお酒は飲みません。運転手に形だけ薦めましたが、仕事柄遠慮しました。家内は[バンベルグ]は良い所。又来たいと満足でした。行きに見た土地の大手の(ビ―ル会社)の工場の傍を通りバイロイトの宿(ローミューレ)に帰りました。ドイツは夏の日の長いところです。車を降りる前にドイツ・マルクの束を差し出しました。彼は紙幣を勘定することなくそのまま受け取り、日本人のことだから間違いないと言います。夏の夕方で(ローミューレ)の入口は観光客で一杯です。

入口のテラスで飲み物などを飲んでいました。バイロイト祝典劇場は[リング]の休みに[リング]以外の短い演目を市民に提供する事もあります。

又、ワーグナーが[リング]の爲に建てた[祝典劇場]以前に(ロココ風)の辺境伯劇場も一つの候補でした。今はここでで何か出し物もあります。[市は町起し]で色々なイベントを行っています。私たちの車はホテルで休んでいた人にとって、丁度良い具合だったのでしょう。すぐに次の客はありました。

私たちは一日有効に観光出来て幸せでした。

その日、明るい中ホテル近くの中華料理店に行き久しぶりの中華を食べて一日は終わりました。懐かしい思い出の一日でした。今現在はPCに保存した(ADBE社のソフト)か、収録したVIDEOのDVD化したものを見直しをして往時を偲んでいます。良き時代でした。


HP「サラリーマンのための年金コーナー」
http://homepage3.nifty.com/ichikawa/

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 → http://waseda.jp/top/event
  
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